地方部会とは

沿革
「昭和50年3月発行 福井県地方部会発会記念誌、日耳鼻福井県支部12年の歩み」より
 
 県支部が設立されてから12年、この4月から学会定款が改正され福井県地方部会が発足するのを機に、過去を回顧、総括してはとの大方の意向もあり、これを記憶にとどめ将来の発展に資するためこの小冊子を発行することにした。
 われら専門医による医会は戦前にもあった。戦時中は一時中断したが、終戦後福井市在住の日比、皆川、田中、宮崎などの先輩が郡市部の同志とはかり、会員の親睦を主目的として発足したもので、学術面には石川、富山との連合による北陸地方会があった。しかし会員数は少なく、学会評議員選出の員数に達せず全国最下位の会員数であった。38年学会定款の改正により県支部が設定され、医会は一時発展的解消の形となったが、42年9月保険医総辞退問題から、日耳鼻医会連合会の一地方単位として新生し、他方県支部は、日耳鼻学会の一地方単位として表裏一体となり今日に至ったのである。
  (支部長 石黒 寛 記事より一部抜粋)
 
 昭和26年10月14日午後2時より福井県在住の耳鼻科医、福井県医師会館にて福井県耳鼻咽喉科医会を設立、発起人に西部、田中、皆川、宇賀治、日比、宮崎。会長に日比、理事に笠原、福辻、宮崎任命され、以来年2回例会を開催した。
  (顧問 宮崎長円 記事より一部抜粋)
   
 昭和50年から福井県地方部会長をお引き受けしましたことは、身に余る光栄であり、また浅学非才の私には荷のおもいことでありましたが、当時外来診療レベルが全国最低にあったので、この向上に努めました。又毎年社療委員会中部ブロック会議へ出席し、学会の見解、他県の実状など見聞して、中部9県のレベルになるよう、全会員の方々に会議内容を詳しく報告、ご理解、ご協力をお願いしました。この間、会員のご協力により昭和53年と昭和62年の2回、社療中部ブロック会議を主催できました。
  (顧問 鎌数俊麿 記事より一部抜粋)

「平成7年3月発行 日耳鼻福井県地方部会20年の歩み」より
 


 平成元年から、地方部会長をお引き受けすることとなりました。
 昭和61年からは、いままでは常に北陸3県の合同学術講演会であったのを、年1回3月の総会の時は福井県単独で学術講演会を持つことにして、今年の平成6年で、はや第9回を迎えております。その他、昭和62年の社療中部ブロック会議、および中部地方連合会がありました。
 平成7年は丁度地方部会として独立して20年の区切りになるので、この「福井県地方部会20年の歩み」を発刊することになりました。今後、会員数が増加すれば定期刊行誌も検討しなければ、と思っています。

  (地方部会長 齋藤 等 記事より一部抜粋)